本日、3月例会を行いました。報告は、魚屋翔平さんで、「大内義長当主期における陶晴賢権力の性格と大内氏の権力構造」と題したものでした。
今年度末に、岡山大学大学院に提出した修士論文の要旨をお話しいただいたもので、いずれ文章化されるであろうと思います。
天文20(1551)年に起きた大内氏内部での陶晴賢による反乱後、大内氏当主となった大内義長と陶晴賢とがどのような権力構造を組んでいたのかを、70通以上にも渡る一次史料の収集・分析を行い、明確なものにされていました。
弘治3(1557)年には大内氏が滅んでしまうため、あまりこれまでの研究がなされていない時期ですが、どのような権力構造が毛利氏が中国地方を押さえていく前に成立していたのかがわかる興味深いご研究でした。